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株式会社 木川電機商会 history - 2016/02/12

こんにちは、木川電機facebook担当主任 きーちゃんです。
2月より、広報しんとつかわ・広報すながわの企業広告で「でんきで一句」の掲載をはじめました。
facebookでは掲載していない、広報誌オリジナルの一句です。
と勿体ぶっても、正直俳句は下手です。毎月あたまをひねりながら掲載します。ご覧いただければ幸いです。
 
さて今回は、バレンタインデー前という事で、チョコっと木川電機の歴史を紹介します。
未だホームページに掲載しておらず、今回初めて紹介させていただくことになります。
 
【会社沿革・年表】
明治36年(1903年) 木川家 青森県から樺戸郡新十津川村へ移住。農業を営む。
大正15年(1926年) 「木川岸太郎」 砂川町北本町(現在の本社所在地)でコンクリート製造所を創める。
1.コンクリート製造所時代
 
昭和17年(1942年) 「岸太郎」没後、長男「英明」が継ぐ。
昭和20年(1945年) 第2次世界大戦中、「英明」が沖縄県にて戦死。
昭和27年(1952年) 次男 「邦輝」(第三種電気主任技術者 電検三種所持)が、北海道電力の勧めもあり、砂川市の三井東圧を退職後、「木川電気商会」を創業。
 
2.木川電機創業時社屋13.木川電機創業者木川邦輝とダットサントラック
 
北海道電力の配電線工事(外線工事)等を請負い、電気工事会社をスタート。建築物の内線工事も始める。
 
4.木川電機昭和38年社屋5.昔の木川電機社員
 
昭和58年(1983年)創業者の「邦輝」没後は、2代目・3代目と引継ぎ、現在に至ります。
 
6.昭和時代の本社と木川電機作業車
 
 
創業時は
 
仕事で使う北電の電気メーターを受け取る為に電車で岩見沢へ行き、電気メーターを風呂敷に入れて砂川へ持って来る。
 
電材を受け取る為にピックアップトラックのダットサンに乗り、旭川へ片道2時間以上砂利道を走る。
 
危険な高圧電気を扱う外線工事は、昔は十分な保護具や高所作業車も無く、いつ高圧電気で感電して死亡するかわからない為、毎朝お仏壇に手を合わせてから仕事へ行った。
など、様々な苦労があったそうです。
 
農業→コンクリート製造所→電気工事業と業種が変わりながら、新十津川町と砂川市で事業を続けて113年。
 
これからも、電気工事で皆様に貢献できる様、日々努力してまいります
 
 

(株)木川電機商会へのお問い合わせはこちら

【住所】
〒073-0151 北海道砂川市東1条北5丁目1番3号 
国道12号線沿い。砂川市内中心部にある、セブンイレブン砂川東1条店様・北海道新聞山本販売所様前の信号交差点付近です。
 

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